はじめに
第1審の最終口頭弁論期日にて、被告らの提出した主張・証拠が、時機に後れた攻撃防御方法として却下されました。
そこで「時機に後れた攻撃防御方法」について調べてみたいと思います。その第4回です。
黒い雨訴訟
黒い雨訴訟を支援する会からの引用です。
https://blackrain1.jimdofree.com/
黒い雨訴訟の控訴審第2準備書面からの抜粋になります。下線は私が引いています。
1 はじめに
被控訴人らは,控訴審・第1準備書面8頁において,控訴人らが「控訴審において大量に提出された証拠は,いずれも4年以上の長期にわたり審理がされてき た原審において提出できたものばかりであり,特に,内部被曝・低線量被曝に係 る科学的知見に関する主張立証は,時機に遅れたものを言わざるを得ない」と主張し,同書面32~35頁において,原審に於ける審理経過に触れつつ,被控訴人らが再三再四放射線の人体影響について反論等を求めたにも関わらず,控訴人 らが攻撃防御方法の提出を怠ってきたことを指摘した。
この点につき,控訴審第1回口頭弁論期日後の進行協議期日において,受命裁判官から,被控訴人らに対し,控訴人らによるどの攻撃防御方法の提出が時機に 後れたものであると主張するのか,第1準備書面において特定されていないので, 特定されたいとの求釈明がなされたので,被控訴人らは,時機に後れた攻撃防御 方法の提出に関する主張を,以下のとおり整理する。2 時機に後れた攻撃防御方法の却下の要件及びその該当性
⑴ 時機に後れた攻撃防御方法の却下の要件
裁判所が,民事訴訟法157条1項に基づいて攻撃防御方法の却下をなすためには,
①時機に後れて提出されたものであること,
②それが当事者の故意又 は重大な過失に基づくものであること,
③それについての審理によって訴訟の完結が遅延すること,
の3つの要件を満たす必要がある。
以下,順に検討する。
⑵ ①時機に後れて提出されたものであること
時機に後れたかどうかは,当該攻撃防御方法が提出されるまでの審理の進行状況を考慮して,より早く,かつ,適切な時機にその提出が期待できたか否か を基準として判断される。本件のように,控訴審において新たな攻撃防御方法が提出されたときにも,現在の控訴審が続審主義をとっていることの当然の帰結として,第一審の審理経過を考慮して,時機に後れたかどうかが判断される (大判昭和8年2月7日民集12巻159頁,最判昭和30年4月5日民集9 巻4号439頁)。
本件においては,被控訴人らが被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の 放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当する否かが訴訟の帰 趨を決する論点となっている。この点について,原審においては,約4年間の 審理を経て,被爆者援護法1条3号の解釈論以外に,①原爆による放射性降下 物(放射性微粒子)の降下の機序,放射性微粒子を含む「黒い雨」降雨域の範 囲,「黒い雨」による放射線の人体影響が総論的争点として,また,②各原告らの被爆状況及び健康影響等の被爆者援護法1条3号該当性が各論的争点として整理され,これらの主要な争点について,昨年10月に開催された第19回 ないし第21回口頭弁論期日において集中証拠調べが行われたのである。
よって,これらの主要な争点に関する事実主張及び証拠の提出は,少なくと も原審の集中証拠調べまでの間に行われるべきであり,それまでの間に提出されなかった攻撃防御方法については,特段の事情が認められない限り,時機に後れたものとみなされるべきである。
そして,控訴人らが控訴理由書の「第3 現在の科学的知見の下では,本件 申請者らが「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった」 と認めることができないこと」(48~126頁)で述べている事実主張及び 当該主張に関連して提出した証拠(乙79~乙143)は,証拠目録によると, いずれも上記①の争点についての科学的知見に関するもの(いわゆる原爆症認 定訴訟や長崎被爆体験者訴訟において厚生労働大臣が提出してきた放射性降下 物や放射線の人体影響に関するもの)であり,原審の集中証拠調べよりもかなり前に作成されているものであると認められることからすると,原審の集中証拠調べまでの間に提出できなかったとは到底いえないものである。
ましてや,本件訴訟には,原処分庁である広島市及び広島県が当事者とされているだけでなく,厚生労働大臣が「被爆者援護法及びこれに関連する法令等 は,厚生労働省が所管しており,厚生労働大臣は,被爆者援護制度を総合的に 実施及び把握している主体でもあり,被爆者援護制度及びその沿革,立法趣旨, 立法経緯,科学的知見等,本件の争点に関する資料を豊富に有し,かつ,事情 に通じ,経験も有していることから,厚生労働大臣を訴訟に参加させることにより,十分な訴訟資料が提供され,適正な審理裁判を実現することが期待できる」(平成27年12月22日付け訴訟参加申立書等)として訴訟参加しているのであるから,「科学的知見等,本件の争点に関する資料を豊富に有し,か つ,事情に通じ,経験も有している」厚生労働大臣が,集中証拠調べの前に必 要かつ十分な訴訟資料を提供できないはずがなく,逆を言えば,集中証拠調べまでの間に提出していない訴訟資料は本訴訟では不要なものであると厚生労働 大臣が判断してあえて原審に提出しなかったものであるということができる。
よって,控訴理由書の第3(48~126頁)で述べられている事実主張及 び当該主張に関連して提出された証拠(乙79~乙143)は,時機に後れて 提出されたものとの要件を満たす。
⑶ ②当事者の故意又は重大な過失に基づくものであること
この要件は,前記①の要件とは独立のものであるが,後れて提出されたことについて何らの合理的理由が認められなければ,重過失が推認されると解され ているところ,この推認を覆す事情が合理的な理由がないことは,原審の審理経過に照らして明らかである。
よって,控訴理由書の第3(48~126頁)で述べられている事実主張及 び当該主張に関連して提出された証拠(乙79~乙143)が,時機に後れて提出されたことについて,控訴人らに少なくとも重過失は認められる。
⑷ ③それについての審理によって訴訟の完結が遅延すること
訴訟の完結が遅延させるかどうかは,当該攻撃防御方法を却下した場合に予想される訴訟完結の時点と,それについて審理を行った場合の訴訟完結の時点とを比較して判断されるとされており,新たな証拠調べを要しない主張の追加や,直ちに取調べが可能な証拠の申出は,訴訟の完結を遅延させるものに該当しないとされている(最判昭和46年4月23日判時631号55頁)。
本件では,控訴理由書の第3(48~126頁)で述べられている事実主張 及び当該主張に関連して提出された証拠(乙79~乙143)が問題となっているところ,証拠(乙79~乙143)はいずれも書証であるから直ちに取調べが可能であり,訴訟の完結を遅延させるものではないとも考えられる。
しかし,証拠(乙79~乙143)は,いずれも,いわゆる原爆症認定訴訟 や長崎被爆体験者訴訟において厚生労働大臣が提出してきた放射性降下物や放 射線の人体影響に関する科学的知見に関するものであるから,被控訴人らとしては,原審が示した被爆者援護法 1 条3項の解釈を前提とした場合,その内容 の当否が上記①の争点に関する判断に必要なものとはいえないと考えている。
しかし,仮に,上記証拠内容の如何が上記①の争点の判断に必要となるとされ るのであれば,その当否は,原審で行われたような専門家証人の尋問等を経て吟味される必要があるものであることを併せ考えると,控訴理由書の第3(4 8~126頁)で述べられている事実主張及び当該主張に関連して提出された 証拠(乙79~乙143)の提出は,訴訟の完結を遅延させるものというべき である。ましてや,控訴審第1回口頭弁論期日において,裁判長が令和3年2 月17日に指定された第2回口頭弁論期日において結審することも選択肢の一 つと考えられると述べていることからすれば,専門家証人の尋問等を行うようになれば,訴訟の完結を遅延することになるのは明らかである。3 小括
以上のとおりであるから,控訴人らの控訴理由書の第3(48~126頁) で述べられている事実主張及び当該主張に関連して提出された証拠(乙79~ 乙143)の提出は,民事訴訟法157条1項に基づき,時機に後れたものとして却下されなければならない。なお,上記事実主張及び当該主張に関連して提出された証拠の提出が時機に後れたものとして却下され,控訴人らの主張立証の機会が奪われることになったとしても,それは,攻撃防御方法に関する規律(民事訴訟法156条)である適時提出主義を怠った控訴人らが負うべき責任であることはいうまでもない。加えて,控訴人らは控訴理由書150頁にお いて,「控訴人ら及び参加人は,現在明らかにされている科学的知見の内容を より明らかにする観点から,補充立証として,文献立証や専門家意見書を順次 提出していく予定である」などと述べていたが,このような攻撃防御方法の提 出が時機に後れたものとなることは論を俟たないことを指摘しておく。
広島高裁判例
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/607/090607_hanrei.pdf
上記判例からの抜粋です。
・・・そして,その根拠として,次のような文献等の記載部分があると指摘し,また,上記のような主張は,平成29年最高裁判決においても正当として是認されているなどと主張する(なお,控訴人らは,当審において,科学的知見に係る書証を大量に提出した〔その中には,既提出のものと重複するものや外国語文献であるのにその訳文が付されていないものもある。〕が,被控訴人ら指摘のとおり,原審において提出する機会が十分あったことは明らかであり,極めて不適切な訴訟追行といわざるを得ない。もっとも,当審は,事案に鑑み,また,結論に影響を及ぼすものでないことに照らし,これらを時機に後れた攻撃防御方法として却下することまではしない。)。