【第61回】敷金返還等請求の訴状(3)

はじめに

今回、東京簡易裁判所に提出した敷金返還等請求の訴状について紹介しておりませんでしたので、

その内容について記載したいと思います。

複数回に分けて記載したいと思います。第3回です。

3 原状回復費用に対する当事者双方の主張

原状回復費用負担に関する特約は無効であり、

敷金のうち、未返還分の全額返還を求める理由について記載しています。

3 原状回復費用に対する当事者双方の主張

 上記1のとおり、原告が被告に対し、返還されていない敷金の残金を求めたところ、被告らからは反論があり、また、さらなる反論も予想されるので、それに対する原告の反論も含めて以下に論ずる。

(1)特約に基づく原状回復費用の請求について
 ア 特約による合意が成立していない点について1
 (ア) まず、■■弁護士からは、書面(甲第3号証の2、8)で、賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書(以下「説明書」という。)(甲第1号証の2)において、以下のとおりの特約(以下「本件特約」という。)を結んでいることから、原告は通常損耗・経年劣化分についての原状回復義務を負うべきであり、その原状回復に要する費用を差し引いて敷金を返還したとの主張が、これまでのやりとりであった。

(特約の内容)
「本契約では、特約として以下のことを賃借人の負担で行うことにしています。
 【1】 室内全体のハウスクリーニング(自然損耗・通常使用による部分も含む)
 【2】 退去時における住宅の損耗等の復旧について
 (1) 賃借人の責めに帰すべき事由による汚損又は破損について、その復旧費用は賃借人の負担とすること
(中略)
 (3) 生活することによる汚損について、その復旧費用は賃借人と賃貸人とで2分の1ずつ負担すること」

しかし、この本件特約の記載のある説明書についての説明は、原告自身は受けていない。説明書の宛名は借主の1人である訴外■■のみであり、その署名押印欄を見ても明らかなとおり、署名押印を行ったのも、訴外■■のみである。

もちろん、契約書については、原告自身は署名押印をしているが、契約書そのものには、通常損耗についての原状回復費用を原告の負担とする旨の記載はないし、説明書の本件特約部分を引用するような記載もない。

また、原告は、説明書について何も説明を受けていないだけでなく、契約書と説明書の二つの文書の合綴部分について契印もしていない。(原告のあずかり知らぬところで合綴された上で、原告に提出されたと思われる。)よって、各文書は独立したものであることは明らかである。

(イ) なお、■■弁護士は、書面(甲第3号証の2)において、「本件説明書は、・・・本件賃貸借契約締結時に、その記載内容を「当該住宅を借りようとする者」にご説明のうえで交付したものであって、本件賃貸借契約と一体となるものです。よって、「賃貸借契約書に一切記載が無い」・・・という主張は理由がないものと考えます。」と主張している。

 しかし、この点については、①原告が何ら説明も受けておらず、また、説明を受けていないことから当然署名押印もしていないもかかわらず、借主負担とする内容の特約条項を適用することは、最判平成17年12月16日(甲第4号証の1、2)の趣旨から見ても相当ではない。

すなわち、この判例では、「建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課することになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書で明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。」と述べており、この判例の趣旨に照らすと、特約についての説明を何らされておらず、説明書そのものも事前に見ていない(ゆえに署名押印もしていない)原告に対し、賃貸借契約書に通常損耗についての原状回復費用を原告の負担とする旨の記載がないという主張は理由がないとして、原告が通常損耗についての原状回復義務を負うべきであるとする■■弁護士の主張は失当と思われる。

 ②また上記(ア)にも記載のとおり、契約書と説明書の二つの文書では原告は契印もしておらず、各文書は独立したものであることは明らかであることからも、やはり「本件賃貸借契約と一体となるもの」ということはできない。

 以上より、本件特約による合意が成立しているということはできない。

 イ 特約による合意が成立していない点について2

 なお、仮に上記アの主張が認められず、原告本人が説明書の本件特約について説明を受けていたとしても、最判平成17年12月16日にもあるように、本件の説明書における約定が通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえず、本件特約による合意が成立したということはできない。

 例えば、この点につき他の判例(東京地裁判例平成29年4月25日)(甲第5号証)を見ると、契約書内に以下のような約定で原状回復費用に関する条項があるが、この条項をもってしても、平成17年12月16日の判例にいう一義的な明白には当たらないとしている。

 (特約事項)
「3 解約時の畳・ふすま・クロス・クッションフロア等の張替及び、壁などの塗り替え等その他補修費用は折半とする。ただし室内クリーニング・エアコンクリーニング・破損個所修理は全額借主負担とする。」

「第6条(費用負担)
1 甲及び乙は、別表「補修費用負担区分表」(略)の負担者「貸主」に該当する項目については甲が、補修区分の負担者「借主」に該当する項目については乙が、必要な修繕を行わなければならない。・・・」

 そうすると、本件の説明書に出てくる本件特約に記載の条項は、甲第5号証の判例に出てくる原状回復費用を負担する条項よりも、よりいっそう抽象的で曖昧な記載である。そうすると、本件条項は、よりいっそう、一義的に明白であるとは言えない。

よって、本件契約の記載をもって、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が本件契約書または説明書の条項自体に具体的に明記されているとはいえず、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白とはいえないことから、本件特約による合意が成立しているということはできない。

ウ 特約の効力について
なお、仮に上記ア、イの主張が認められず、原告が本件特約を締結していたとしても、以下に述べる理由により、消費者契約法10条に基づき、信義則に反して消費者の利益を一方的に害することから、本件特約は無効となる。
 そもそも、「賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払いを受けることにより行われている。」(最判平成17年12月16日、甲第4号証の1、2)
 そうすると、消費者契約法10条における信義則に反して消費者の利益を一方的に害する特約に当たるか否かは、賃料や賃貸期間等の要素ももとに考慮されることになる。
 そして、この点につき、判例タイムズNo.1271(甲第6号証)中の記載(日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「コンメンタール消費者契約法」)においても、通常損耗についての原状回復特約について、「賃料が経年劣化による減額分を反映していないほど低額」である等のいくつかの条件をみたしている場合に初めて消費者の利益を一方的に害するものではなく有効である、としていることからも、賃料や賃貸期間等の要素をもとに、消費者の利益を一方的に害する特約に当たるか否かを考慮されていることは明らかである。
 旧賃貸借契約及び本件契約において、原告は、賃料は1か月■■万■■円と高額であること、また、賃貸期間も13年以上と長期間であることからも、貸主である被告らは、十分な投下資本の減価の回収もしているといえる。
 よって、消費者契約法10条における信義則に反して消費者の利益を一方的に害する特約に当たるといえることから、本件特約は無効である。

(2) 善管注意義務違反について

(1)のとおり、特約による合意があることを理由として、原告が通常損耗部分の原状回復費用を負担すべきであるという主張の他に、被告管理会社は、内容証明郵便において、原告負担となっている全ての部位(ルームクリーニング代を除く)について、原告の善管注意義務違反があり、その結果、原状回復費用が生じたとして、その費用は原告負担であると主張している。(ルームクリーニング代については、令和3年■月■日に■■弁護士からの電話にて、善管注意義務違反によるものではなく、本件特約の「室内全体のハウスクリーニング(自然損耗・通常使用による部分も含む)」に基づく請求であるとの説明を原告は受けている。なお、この電話での■■弁護士とのやり取りについて、原告は音声を録音して記録に残してあるので、被告らが求めるのであれば、必要に応じて提出する。)
 ■■弁護士から原告に宛てた内容証明郵便において、その使用状況は、「13年程度の居住期間を考慮しても劣悪な損傷」(甲第3号証の2)と記載していたことから、原告は、■■弁護士に対し、その状況等を証する写真等を送付するよう(送付費用は原告負担でもよい旨もあわせて)申し入れたところ、「既に送付済みの写真で必要十分」ということでなかなか追加送付がされなかった(甲第3号証の4)。その後、原告から内容証明郵便(甲第3号証の7)にて改めて善管注意義務違反の具体的根拠の説明を催促したところ、令和3年3月■日になってようやく複数枚の写真を送付してきたところではある。
 もっとも、この新たに送付されてきた写真を見ても、「13年程度の居住期間を考慮しても劣悪な損傷」とするようなものは見受けられない。

また、どの写真が、いつ、どの箇所を撮影したものであり、どこがどう損傷しているのかについても何ら具体的な説明もなく、何をもって善管注意義務違反なのかが不明である。また、原告負担になっていない部位と思われる写真も混在しているようであり、被告らは何を説明したいのか不明である。(よって、原告から説明を付して写真を証拠として提出することが困難である。)

よって、被告管理会社の主張する善管注意義務によって原状回復費用を原告が負担する根拠が不明瞭である。したがって、原告としては、善管注意義務違反として原状回復費用を負担する必要がない以上、返還されていない敷金の返還を求める。

敷金返還請求についての結論

4 以上より、原告としては、主位的請求として被告オーナー会社に対し、予備的請求として被告管理会社に対し、本件契約の終了に基づく敷金返還請求として40万6087円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

第4回へ続きます。