はじめに
敷金返還請求事件の控訴審において、先日、裁判所から判決文が送付されてきました。
今回はその内容について記載しようと思います。控訴人が賃貸人で、被控訴人が賃借人です。
裁判所の判決文(3)
第3 争点に対する判断1 争点(1)(被控訴人は、本件敷金契約に係る敷金の返還請求権を有するか。)について
前提事実2及び証拠(甲1)によれば、本件敷金契約の内容は本件契約書に記載されており、本件敷金契約は、本件契約と同時に、一体的に合意されたものと認められる。したかって、本件敷金契約は、本件契約と同じく、控訴人と被控訴人らとの間で成立したと認めるのが相当である。そして、本件敷金契約に基づく敷金返還請求権は、敷金の性質上、不可分債権であるから、被控訴人は、本件敷金契約に基づく敷金返還請求権の全部を行使することができる。
2 争点(2)(本件特約の有効性)について
本件特約の内容は、控訴人が主張するように、①通常損耗を含めて、ハウスクリーニングの費用を賃借人の負担とすること、②通常損耗を含めて、被控訴人の生活の中で発生した汚損の原状回復費用を、控訴人と被控訴人らで2分の1ずつ負担するとの内容であり、通常損耗に係る原状回復義務を賃借人である被控訴人らに負わせるものである。
賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である(最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日第二小法廷判決。最高裁判所裁判集民事218号1239頁)。また、上記述べたところに照らせば、賃借人(のうちの1名)が法人であることは上記判断を左右しない。
そこで検討するに、本件契約書及び本件査定基準には、通常損耗に該当する部分を含め、ハウスクリーニングの費用や原状回復に係る費用を被控訴人が負担する旨の記載はなく、かえって、本件契約書第11条1項において、通常損耗については原状回復の対象外とする旨の明示的な記載があり、これは本件特約と相反する内容である。また、本件説明書における本件特約の記載は、「本契約では、特約として以下のことを賃借人の負担で行うことにしています。」と、本件特約の合意が別にされているような記載振りとなっており、本件説明書をもって本件契約書等と異なる合意をする趣旨が明確にされているとはいい難い。これに照らせば、本件契約書、本件説明書及び本件査定基準において、本件特約の趣旨が具体的に明記されているとはいえない。
また、●●の記名押印のある、本件契約についての重要事項説明書(甲1の3)には、「以上、重要事項の説明を受け、重要事項説明書を受領しました。」との記載があるが、被控訴人から直接説明を受けた旨の記載はないこと、本件契約に際し、▲▲が、被控訴人と面会し、本件特約の内容を直接説明したことを裏付ける的確な証拠はないことに照らせば、被控訴人が主張するように、本件契約書等のやりとりが郵送によってされた可能性を否定することはできない。そうすると、▲▲が本件特約の内容を被控訴人に説明し、被控訴人及び●●がこれを明確に認識したとは認められない。
上記によれば、本件契約に際し、控訴人と●●及び被控訴人との間で、本件特約が明確に合意されたとは認められない。
そうすると、被控訴人は、本件特約に基づき、通常損耗の原状回復義務や、通常損耗を含めた本件居室全体のクリーニング費用の負担義務を負うことはないというべきである。
((4)に続く)